半田7地区で行なわれたお祭りです。
2日間に渡り開催されたお祭りは、「縁」はもちろん、「幸」も多くありました。
幸福感=「幸」。満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。しあわせ。
それでは、「幸」を追い求め、辿りついた7つの「幸」+1をご紹介します。
1の「幸」 岩滑地区
岩滑では古くから山車祭りが行われていました。
天明年間(1781~1788)以前には既に山車の曳き廻しが行われていたそうです。
この地区は、古くから山車祭りが行われていたのですが、悲しい戦争で中断を余儀なくされていましたが、昭和53年に復活。
復活できた事で不満がなくなり今でも楽しいお祭りが出来きた事に、1つめの「幸」です。
2の「幸」 岩滑新田地区
山車祭りは大正初期に始まりましたが、当時の記録には平井組80戸、奥組45戸とあり、
わずかな戸数で2輌の山車を建造したことがわかります。
昭和29年(1954)には祭りの担い手である青年会の解散により祭りは一時途絶えましたが、
昭和52年(1976)に再び山車祭りが復活したことが、2つめの「幸」です。
3の「幸」 上半田ちんとろ祭り
住吉さんと人々から親しまれる上半田の住吉神社は、かつて入水下神社、入水下社住吉大明、入水神社とよばれ、
海運の神である住吉三神と仲哀天皇・神功皇后が祀られています。
また、住吉神社の祭礼は「ちんとろ祭り」の名が示すように、境内の宮池にはもう一つの祭りの主役、
北組「住吉丸」、南組「入宮丸」2隻の「ちんとろ船」浮かべられ、船上の舞台では小児による三番叟が演じられます。
この地区では、他の地区ではない楽しい事があります。
宵祭りには打ち上げ花火や金魚花火などが催され池に反した提灯・花火等が楽しませてくれ事に、3つめの「幸」です。
4の「幸」 成岩3・4区
成岩3・4区に着くと神輿行列と遭遇!!
成岩神社への打ち込みに先立ち,南北から各区の神楽・山車が善六角に出合います。
善六の出会いが出来き、成岩神社への打ち込みは威勢が有り見る者を圧巻させます。
神社入れを終わり、提灯が付けられました。
多くの提灯があたりを幻想的にさせます。
成岩神社本殿脇の舞台では,成岩4区による、大獅子・小獅子の舞が奉納されます。
大獅子の舞は白鶏の冠をつけた「ささら摺りりの童子」が獅子に寄り添いながら、乱獅子、花獅子、鳶獅子、剣獅子の4曲を舞い踊ります。
愛知県指定無形民族文化財にも指定されています。
この地区では、豪華な大幕と立川和四郎などの彫刻とともにその壮麗な光景は見るものを満たせてくれますので、4つめの「幸」です。
5の「幸」 西成岩地区
成石神社の祭礼には西組敬神車と彦洲組日之出車の2台が曳き出されます。
西組は昔から本郷といわれてきた春日町、東郷町など6町で敬神車を、彦洲はその出郷である彦洲町1町で日之出車を保有しております。
威勢のいい若い衆が、祭りを盛り上げ見る人を楽しませてくれることに、5つめの「幸」です。
6の「幸」 協和地区
市内を眼下に見渡す白山神社境内に山車を曳き上げる「坂上げ」と「坂下ろし」は勇壮なもので、
多くの観客が集まる祭りの最大の見所です。
え~この坂を上げるのと思うほどの急な坂です。
万が一と考えると上げたくなくなるほどですが、2輌の山車を坂上げする事で不平がなくなる事に、6つめの「幸」です。
坂を上げおわり提灯をつけます。威勢のいい若い衆が祭りを盛り上げます。
7の「幸」 板山地区
祭礼には,板山神社に本板山組「本子車」、大湯組「花王車」、小板組「旭車」の3台が、
また八幡神社には日役組「神力車」が曳き出されます。
4輌の山車が有り彫刻もすごく、特に「天の岩戸」の彫刻は見れるだけで幸せなので、7つめの「幸」です。
+1の「幸」???
やっぱり祭りはいい!!7地区のお祭りを2日間見れて本当に幸せでした。
どの地区のお祭りも満足でしたし、一切不満はありませんでした。
お祭りの参加している人達を見ているだけ楽しかったです。
最後に+1の「幸」は、やっぱりお祭り最高!!と半田で生まれ育ち、
地域密着企業に就職できたことが、私にとって最高の「幸」でした。
次回は、下半田を散歩してきます。
「楽」楽しむを、しっかりと参加して来たいと思います。
ご期待下さい。
Y/Y会(2013年1月1日発足)
会員数7名で活動中。(執行部5名 会員数7名)
有楽グループ内に存在する、祭り好きの「祭り行事」を中心とした活動をしています。
会則は有りますが、会員募集中です。
興味のある方は、事務局長堀尾まで。
散歩したスタッフ:住吉店 堀尾