皆さんお久しぶりです。
共和店知多散歩担当の明石です。
今回も僕の出番が回って来ましたので大府市の魅力を存分に堪能してもらおうと思います。
今回紹介する所は共和店すぐ近くの鞍流瀬川です。
この川は名古屋市緑区桶狭間にある大池が源で、
大府市の中央北西部から南東部にかけて流れた後東浦町との境で石ヶ瀬川に合流します。
ここでもう1つの重要な川、石ヶ瀬川が出てきましたね。
この川は大府市馬池町付近が源で大府市南部から東方に流れている川です。
この2つの川はかの有名な織田信長、今川義元の合戦、桶狭間の戦と大きな関わりがあるのです。
まず石ヶ瀬川の話をしましょう。
戦国時代織田信長の支配下にあった尾張の国は、
今川義元に狙われて永禄元年(1558年)から永禄4年(1561年)にかけて、
織田信長と今川義元、そして織田氏と連合する水野信元と今川勢の松平元康(後の徳川家康)が石ヶ瀬川を挟んで3度衝突しました。
これを石ヶ瀬川の戦いと言います。
ちなみには桶狭間の戦いで今川義元が討たれ松平元康が織田・水野氏と和睦したため勝敗はつきませんでした。
次に鞍流瀬川です。
鞍流瀬川は合戦があったと言う訳ではないのですが桶狭間の戦いに繋がりが有る場所で、
今川義元が桶狭間の戦いで敗れた今川軍が敗走の際、
大雨で増水した川に落ち、人や馬は助かりましたが鞍だけが流された事でこの川が鞍流瀬川と言う名前になったそうです。
ちなみにこの鞍流瀬川は柳枝工(りゅうしこう)という工事が施されていて、
洪水の時に河岸が削られたりしない様に、石によって守るとともに、
柳等の樹木を植え、その石が流されないようにする工法です。
柳は水に浸かっても枯れはぜず、また水流にあたるとしなやかに倒れるため、
洪水の流れをそれほど阻害しません。
アシやヤコモなどの水際の草や柳による緑によって、
ヌートリア、イタチ、コイ、フナ、ザリガニ、ミドリガメ、
イシガメ、コサギ、ハクセキレイ、ムクドリ、カワセミなどたくさんの生物も生きています。
このように少調べるだけで大府市の歴史が出てきてまだまだたくさんの歴史が大府市にはありそうです。
次回は大府市のお城について調べたいと思います。
皆さんも自分の住む町の歴史を調べてみてはいかがでしょうか。
鞍流瀬川は共和店から西に約100メートル歩いたところにあります。
散歩したスタッフ:共和店 明石