皆様こんにちは、駅前店情報局です。
今回の研究テーマは“パチンコ”について調べてみました。
何故、今さらパチンコ店の店員が?と思う方もいるかもしれませんが、
駅前研究所では朝のミーティングで駅前店に関わる問題を毎日出題して、
その中に≪ぱちんこのルーツになった国は?≫という問題があるので、
研究所としては掘り下げて調べてみなくては♪となった経緯がありまして!!
さて『パチンコの詳しい歴史とか知ってるかな?』と駅前研究員に聞いてみたところ、
「何となく発祥の地は名古屋という事を昔聞いたことがある。」との返答が・・・。
という事で詳しく調べてみました!
ではまず“パチンコ”とは?
『パチンコとは、ガラス板で覆った多数の釘が打たれた盤面上に小さな鋼球を盤面左下から弾き出し、
釘に従って落ちる玉が特定の入賞口に入ると、得点、あるいは賞球が得られる遊技(ゲーム)。』
文字で表現すると意外とややこしいですね(^_^;)
ではその“起源”は?
1925年頃に大阪で横型コリントゲームを改良したものがパチンコの発祥との説がありますが、
専門家によると実際にはヨーロッパから輸入されたウォールマシンが日本で広まったものがパチンコの起源であるとされています。
↓↓↓ウォールマシン↓↓↓
1930年、風俗営業第1号店が名古屋で許可されパチンコ店が開店。
なんと、約85年も前に1号店が出来ていたのは驚きました。しかも、「名古屋」で!!
研究員の話は本当だったんですね(^_^;)
更に調べてみると、
1937年、日中戦争勃発。
・戦時特例法によりパチンコ店の新規開店が禁止される。
・現在のパチンコと同じ鋼球式のパチンコが登場。
1942年、戦時体制により、パチンコは不要不急産業として全面禁止。パチンコ店は閉店され、台は処分される。
なんと、戦争の影響でパチンコ店は閉店させられていたんですね。
処分された台やパチンコ玉などは兵器や銃弾に変えられてしまったんでしょうね~(^_^;)
そして、
1946年、禁止されていたパチンコが復活する。
1948年、風俗営業取締法(改正前の風営法)制定。
・パチンコは許可営業となる。
・「正村ゲージ」が登場。
これは、「正村竹一」さんという方が作ったパチンコ機なんです!
現代パチンコの基礎を作った≪ぱちんこの神様≫と言われています。
正村さんが言ったといわれる「みんなで仲よう使やええがや」は有名ですよね♪
正村ゲージのオールものの機械を他の機械屋がマネて作ったのを、
正村さんが特許を取らずに上記の言葉を発したとされ、パチンコ産業の天の声ともなる名言なのです!
それから月日がたち皆さんが知っているメーカーの
ニューギンさん・竹屋さん・西陣さん・京楽さん・大一さん・三洋さん等が愛知県で起業しています。
凄いですよね♪ほとんどのパチンコメーカーは愛知県で設立されていたんですね!
さすが、発祥の地「名古屋」です。
こんな法改正も→1951年に18歳未満の入場が禁止される。
知らなかったです(^_^;)それ以前は18歳未満でもパチンコが出来たのですね・・・
まだまだ細かな事案も多々ありましたが記事にすると膨大な量になってしまいますのでコノへんで・・・
ご要望があれば続編もお作りしますのでゼヒ駅前研究所まで!
今回調べた歴史を知ることによって、
大衆娯楽として長年お客様に慕われてきたパチンコを今後も存続させるべく
ハピプロを通してお客様により楽しんで頂けるサービスを構築していき、
これからも歴史に残せるような研究をしていきたいと思いました!
(ちょっと大袈裟ですが(^_^;))
あっ・・・タイトルの答えは『アメリカ』なんです!
記事担当:駅前店 武田